2026年度:全国高校入試問題における哲学・思想系課題文

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今年も全国の高校入試の国語問題から、哲学・思想系の課題文をピックアップして紹介していきます! このシリーズも2018年度から数えて9年目となりました。

 

2026年度は、AI、言語、対話、自己と他者、芸術、科学的知識など、哲学的に非常に興味深い文章が多数出題され、哲学・思想系課題文の豊作の年でした。なかには、哲学の専門的な議論を中学生に読ませる、なかなか挑戦的な問題もあります。それでは、今年度の出題を紹介していきましょう!

 

・吉岡洋『AIを美学する――なぜ人工知能は「不気味」なのか』(平凡社新書、2025年)

埼玉県、東京都立青山高校、神奈川県、お茶の水女子大学附属高校、広島大学附属高校

 

なんと5つの高校入試で出題されました! 2026年度の高校入試において、特に注目したい著作です。吉岡洋先生は、京都芸術大学文明哲学研究所教授・所長であり、ご専門は美学・芸術学です。本書はAIという現代的な技術を手がかりとして、知性とは何か、人間とはどのような存在なのか、さらには芸術とは何か、といった根本的な問題を哲学的に考察する著作です。

 

埼玉県の出題箇所は、AIと人間の能力との関係を考察する内容です。AIが人間よりも優れた能力を発揮するようになったとき、人間の価値を能力によって評価する考え方は、どのような意味を持つのでしょうか。人間の価値を能力の高さに求めること自体を問い直す内容です。

 

都立青山高校では、自然と技術、さらには芸術との関係が取り上げられています。特に注目したいのは、カントの『判断力批判』における美学の議論です。芸術は人間によって意図的に制作されるものである一方、優れた芸術作品は自然であるかのように見えなければならないとされます。こうしたカントの美学論を踏まえて、自然と技術、規則と自由との関係を考察する、本格の哲学的議論です。

 

神奈川県の出題箇所は、人間の知性における「身体」の重要性を論じる内容です。アメリカの哲学者ヒューバート・ドレイファスのAI批判を紹介しながら、人間の知性は単なる情報処理能力に還元できるのかという問題が考察されています。身体を通じて世界にかかわることの重要性を考える、心の哲学や現象学にも関係する内容です。

 

お茶の水女子大学附属高校では、芸術の「不要性」や「役に立たなさ」を手がかりとして、芸術の本質が考察されています。芸術は何らかの実用的な目的を達成するために存在するのでしょうか。AIによる芸術制作の可能性も踏まえて、そもそも人間にとって芸術とは何なのかを考えさせる内容です。

 

広島大学附属高校の出題箇所では、AIの発展によって人間の知的活動が機械に代替されることの意味や、科学技術と哲学的な思考との関係が問われています。

 

以上、同じ著作から出題されていても、それぞれの学校で扱われる哲学的問題は異なります。AIを通じて、知性、身体、芸術、自然、人間の存在価値などを考察する本書は、現代社会を理解するうえでも非常に有益です。本書は中高生のみなさんにも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

 

・小野純一『僕たちは言葉について何も知らない――孤独、誤解、もどかしさの言語学』(NewsPicksパブリッシング、2025年)

山形県、福島県、群馬県、千葉県、東京都立新宿高校、富山県

 

こちらも5つの高校入試で出題されました!

 

小野純一先生は、自治医科大学医学部教授であり、ご専門は哲学・思想史です。井筒俊彦の哲学や言語論などについて研究されています。

 

本書は、私たちが日常的に使用する「言葉」とは、そもそもどのようなものなのかを問い直す著作です。

 

山形県の出題箇所では、人間の理性と感情、欲求との関係が考察されています。人間の行動を理解するためには、理性と感情をどのように捉えるべきなのでしょうか。

 

福島県では、言葉が私たちの心のなかにイメージを生み出す働きについて、群馬県では、言葉の意味や自分自身の考えを言葉によって表現することについて論じられています。

 

千葉県の出題箇所で注目したいのは、言葉には何かを伝達する働きだけではなく、思考や意味を形成する働きもあるという点です。私たちは言葉によって考えを表現するだけではありません。言葉を使うことによって、自分自身の考えを形成しているのです。

 

都立新宿高校では、言葉と文化の関係が取り上げられています。たとえば、日本語の「青」と「緑」の区別を考えると、言葉による世界の分類には文化や歴史的な慣習も深くかかわっています。

 

言葉の意味とは何か、言葉と世界はどのような関係にあるのか。こうした問題を研究する分野を「言語哲学」と呼びます。言語哲学は、決して日常生活から遠く離れた難解な学問ではありません。私たちが毎日経験するコミュニケーションや、他者とのすれ違いを考えるうえでも重要な分野です。

 

富山県の出題箇所では、言語によるコミュニケーションの本質が考察されています。私たちは会話を情報伝達の手段として考えがちです。しかし、世間話や無駄話のように、特別な情報を伝えない会話にも重要な意味があります。筆者は、人間が社会的な存在であることを踏まえ、言語には単に情報を伝達するだけではなく、互いの存在を認知し、承認し合う働きもあることを指摘しています。コミュニケーションの本質を考える、非常に興味深い内容です。

 

・古田徹也『言葉なんていらない?――私と世界のあいだ』(創元社、2024年)

宮城県、長崎県

 

古田徹也先生は、東京大学大学院人文社会系研究科准教授であり、ご専門は哲学・倫理学です。特に、ウィトゲンシュタインの哲学を中心に研究されています。

 

宮城県の出題箇所では、言葉と文化、さらには言語と思考との関係が考察されています。たとえば、日本語では「蝶」と「蛾」を区別します。しかし、フランス語では、必ずしも日本語と同じ仕方で両者を区別しているわけではありません。また、日本語の「牛」に相当する動物についても、英語では ox や cow など、異なる言葉が使用されます。こうした違いから、言葉は単に世界の事物に名前を付けるだけではなく、私たちが世界をどのように分類し、理解するのかにも深くかかわっていることが明らかになります。

 

長崎県では、言葉の意味を理解することの難しさが考察されています。同じ言葉であっても、使用される場面や文脈によって意味は異なります。言葉の意味は、辞書に記載された定義だけによって決まるものなのでしょうか。

 

本書は、言葉と人間の生活との関係を考えるための好著です。中高生向けに書かれた「あいだで考える」シリーズの一冊ですので、ぜひ読んでみてください。

・戸谷洋志『悪いことはなぜ楽しいのか』(ちくまプリマー新書、2024年)

【群馬県】

・戸谷洋志『メタバースの哲学』(講談社、2024年)

国立工業高等専門学校

 

戸谷洋志先生の著作は今年度も複数の入試問題で出題されました!

 

戸谷先生は、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授であり、ご専門は哲学・倫理学です。ハンス・ヨナスやハイデガーなどのドイツ現代思想を中心に研究されています。

 

群馬県の出題箇所では、ハイデガーの「本来性」と「非本来性」という概念が取り上げられています。私たちは周囲の人々や社会の常識に従って生活することがあります。しかし、そのとき私たちは自分自身の存在にどのように向き合っているのでしょうか。なお、ハイデガーにおける「非本来性」とは、単純に道徳的に悪い状態を意味するわけではありません。

 

国立工業高等専門学校では、『メタバースの哲学』からの出題です。メタバースのなかに存在する〈私〉と現実世界の〈私〉は、同じ人物なのでしょうか。

 

課題文では、平野啓一郎の「分人主義」などを参照しながら、人間のアイデンティティを考察しています。家族、友人、学校など、異なる人間関係のなかで現れる複数の〈私〉を、どのように理解するべきなのでしょうか。

 

自己とは何かという古典的な哲学的問題を、メタバースという現代的な技術を通じて考える内容です。

 

戸谷先生の著作は、2024年度、2025年度の入試でも繰り返し出題されており、近年の高校入試で注目される哲学者の一人だといえるでしょう。

 

・納富信留『対話の技法』(笠間書院、2020年)

東京都

 

納富信留先生は、東京大学大学院人文社会系研究科教授であり、ソクラテスやプラトンなどの西洋古代哲学をご専門とする哲学者です。また、現在の日本哲学会の会長を務められています。

 

東京都の出題箇所では、対話とはどのような営みなのかが論じられています。私たちは、二人の人間が言葉を交わしていれば対話が成立していると考えるかもしれません。しかし、相手を説得することや合意を形成することだけを、対話の目的としてよいのでしょうか。

 

課題文では、対話における相互理解や真理の探究について考察されています。自分自身の考えを問い直し、他者とともに考えることの重要性が示される内容です。

 

古代ギリシアの哲学者ソクラテスの対話の精神にもつながる、非常に興味深い文章です。

 

・山野弘樹『対話の思考法――相手とぶつからないコミュニケーション』(角川新書、2025年)

山口県

 

山野弘樹先生は、ポール・リクールの哲学を中心に、現象学や解釈学などを研究する哲学研究者です。

 

山口県の出題箇所では、「対話」と「議論」との違いが取り上げられています。特に重要なのは、「一人称的経験」という概念です。私たちは同じ出来事を経験していても、その出来事をどのように感じ、理解しているのかは、人によって異なります。対話とは、相手を論破したり、自分の主張を受け入れさせたりするためだけのものではありません。他者がどのような経験をしているのかを理解しようとする営みでもあります。

 

哲学的には、他者理解や間主観性といった問題につながる内容です。納富信留先生の対話論と読み比べてみるのもおもしろいと思います。

 

・小林道憲『芸術学事始め――宇宙を招くもの』(中央公論新社、2015年)

北海道

 

小林道憲先生は、哲学、生命論、歴史哲学、芸術論などについて、独自の哲学的研究を展開してきた研究者です。

 

北海道の出題箇所では、芸術作品の成立や、芸術作品を制作することと鑑賞することの関係が考察されています。芸術作品の意味や価値は、作品を制作した芸術家の意図だけによって決まるのでしょうか。それとも、鑑賞する人間の経験や解釈も重要なのでしょうか。芸術作品が成立することと、芸術作品が理解されることとの関係を考える、美学・芸術哲学における根本的な問題です。

 

・青田麻未『「ふつうの暮らし」を美学する――家から考える「日常美学」入門』(光文社新書、2024年)

熊本県

 

青田麻未先生は、上智大学文学部哲学科助教であり、ご専門は美学、とりわけ環境美学や日常美学です。

 

熊本県の出題箇所では、そもそも芸術とは何か、どのようなものを芸術作品と呼ぶことができるのかという問題が考察されています。

 

私たちは絵画や彫刻、音楽などを芸術作品として受け入れています。しかし、芸術作品と認められるものの範囲は、時代や社会によって変化してきました。

 

それでは、あるものを芸術作品とする基準は、どこにあるのでしょうか。課題文は、芸術の成立条件を社会的・歴史的な観点から考察する内容です。

 

本書では、芸術作品だけではなく、住まいや日常生活における経験も考察されています。身近な生活から美学を学ぶことのできる、非常に興味深い一冊です。

 

・田村正資『独自性のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング、2025年)

愛媛県

 

田村正資先生は、現象学やフランス哲学、特にメルロ=ポンティの哲学を研究されてきた哲学研究者です。

 

愛媛県の出題箇所では、独自性と社会的な評価との関係が考察されています。

 

他者と異なることや、他者よりも優れていることを目指すことが、本当に独自性を持つことなのでしょうか。課題文では、他者からの評価だけに依存するのではなく、自分自身が価値を見出すものに向き合うことの重要性が論じられています。

 

自分らしく生きるとはどういうことか、自己の独自性とは何かを考えるうえで、興味深い内容です。

 

・植原亮『科学的思考入門』(講談社現代新書、2025年)

奈良県

 

植原亮先生は、東京大学大学院情報学環准教授であり、ご専門は科学哲学、分析哲学などです。

 

奈良県の出題箇所では、科学的知識はどのようにして成立するのかという問題が取り上げられています。

 

現代の科学研究では、さまざまな分野の研究者が協力しながら、新たな知識を生み出しています。しかし、一人の研究者が研究に必要な知識のすべてを持っているわけではありません。

 

課題文は、科学研究における分業や協働を通じて、科学的知識が成立する仕組みを考察する内容です。哲学においては、科学哲学や社会的認識論と呼ばれる分野に関係します。科学的に考えるとはどういうことなのかを理解するためにも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

 

・山崎吾郎「やっかいな問題はどこから来て、どこへ行くのか」(堂目卓生・山崎吾郎編『やっかいな問題はみんなで解く』世界思想社、2022年所収)

筑波大学附属高校

 

山崎吾郎先生は、大阪大学COデザインセンター教授であり、ご専門は文化人類学、科学技術社会論などです。

 

筑波大学附属高校の出題箇所では、現代社会に存在する「やっかいな問題」とは、どのようなものなのかが考察されています。

 

現実の社会問題では、さまざまな立場の人々の利害や価値観が複雑に関係しています。そのため、専門家が正しい答えを示すだけでは解決できない問題も存在します。

 

課題文は、問題を解決するための方法だけではなく、そもそも何を問題として捉えるのかという、問題設定そのものを問い直す重要性を示しています。

 

公共哲学や科学技術社会論にも関係する、非常に興味深い内容です。

 

2026年度の高校入試問題から見えてくるもの

今年度の高校入試では、AIと人間の関係、言語や対話の本質、自己や芸術、科学的知識の成立など、多様な哲学的問題が取り上げられました。

 

特に、AIを単なる便利な技術としてではなく、人間の知性や芸術の本質を問い直すための問題として扱う文章が目立ちます。また、言語や対話についても、単なるコミュニケーションの技術ではなく、人間の思考や他者理解と深くかかわる営みとして考察されています。

 

哲学とは、私たちが当たり前のように受け入れていることを、根本から問い直す学問です。

 

国語の入試問題でこうした文章が出題されることは、筆者の主張を正確に読み取るだけではなく、問題を発見し、論理的に考える力も求められていることを示唆しています。

 

中高生のみなさんには、ぜひ今回紹介した著作を読んでいただきたいと思います。入試対策にとどまらず、世界や自分自身について考えるための、よいきっかけになるはずです。

 

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